【豊中駅前の歴史:52】豊中稲荷神社(その2)(2013年12月)

今回は前回に引き続き稲荷神社の宮司樋口和彦さんからお話をお伺いしました。

——私が若い頃とは随分変わりました。参道を挟む2つの池は今は公園になっていますね。
樋口氏:池が公園になったのは昭和46年(1971年)ですので、私が当社の宮司になった時にはもう公園でした。この2つの池は農業の灌漑用水として使われていた「ため池」だったと聞いています。周りがまだ田んぼや畑があった頃は「宮山」と呼ばれた小高い丘から注がれる池の水は作物を育てる大変貴重なものでした。今は田んぼや畑は全く無くなり、周りは住宅地になりその役目を終え、今はみなさんの憩いの場となっています。
——公園に建っている「夕暮れ」のブロンズ像がその象徴に見えます。神社の森も変わりましたね。
樋口氏:昔は自由に人が出入りできるようになっていたと聞いていますが、管理も大変で、事故などの懸念から今は入れなくなっています。木々もいくつか切りました。ある神社で古木が倒れて人が怪我をすることがあり、安全のためでもあります。
——鬱蒼とした感じから整然とした明るい森になりましたね。最近は人が集う楽しい催しが増えましたね。
樋口氏:1月は「歳旦祭」の初詣と「とんど祭」。2月は節分祭。3月は大阪場所に向け荒汐部屋さんが宿泊されます。相撲は日本古来の神事や祭りですので、神社には相応しいと考え稽古のための土俵も作りました。毎年熱気溢れるぶつかり稽古を見学する人たちが大勢来られます。まちでお相撲さんが歩いているのを見られる月です。
——毎月の催しもありますね。
樋口氏:一日(ついたち)の安心・安全の「とよなか野菜」を地元農家さんが販売される「ごりやく朝市」、第3日曜日の豊中の商店主さんたちがこだわりの逸品を販売される「ごりやく日曜市」は回数を追う毎に愛好者が増え、地域にすっかり定着しました。
——お宮参りや七五三のお参りの方々も良くみかけますね。
樋口氏:お宮参りは正式には「初宮詣」と云い、生後、男児三十日目、女児三十一日目に祝着を着せて参拝し、幼児の成長とご加護を祈ります。「七五三詣」は三歳の男女児、五歳の男児、七歳の女児がこれまでの成長を感謝し、今後も健やかに成長するよう、十一月中に参拝します。
稲荷神社はまちの唯一の緑溢れる場所です。お参りする人、楽しい催し物に参加する人達が人間性を取り戻せる精神の場としての役割を果たしていきたいと考えております。
——今日は有難うございました。

※プロフィール:樋口 和彦氏/昭和37年(1962年)生 豊中稲荷宮司


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