【隠居の繰り言:5】強い自治体を消滅させてもよいのか?−東京政府直轄地論−(2020年10月)

「豊中まちづくり研究所」の支援者である都市政策研究者の隠居による新コラム。2020年9月から連載スタート。

−強い自治体を消滅させてもよいのか?−東京政府直轄地論

“東京を政府直轄地とし、知事は政府任命の大臣にせよ”との提言が掲載された。『東京を「政府直轄地」にせよ』(竹中平蔵 文藝春秋2020年11月号)だ。
第二次大戦末期の東京官選知事首都制度と同様のものだが、著者は竹中平蔵氏であり、“新新政権ブレーン、菅総理への提言”と銘打って発表されたものだ。
氏は周知のように、歴代自民党政権で新自由主義的政策の推進者であり、多くの民間大企業で重要な役職にも就いている。現菅政権でも、政治・経済の方向に格段の影響力を行使している重要人物だ。挑発的な提言は、それなりの意図を持ってのことだろう。
大阪都構想(大阪市廃止特別区移行)推進派のバックアップだけではない。今回の大阪都構想問題の動きを踏まえた上で、“日本の民主的地方制度を変更する”という政治的アドバルーンだ。菅政権の推進する地方政策の、思想、論理を示しているものと思われる。

竹中提言は、徹底した競争と自助、公的分野の民営化、などが日本に必要だ、とし、その中で東京政府直轄地化が述べられる

  • コロナ対策では、東京都と国との連携がうまく行かなかった。都は、国に先駆けて、1,920億円にものぼる独自施策を行った。これは都には他の自治体にない税収と資産があるから出来たので、他の自治体では不可能だ。
  • この様な東京と地の自治体の格差の中で、「地方自治法」という一つの法律の中で両者を同列に扱うのは無理であり、このままでは自治体格差は広まるばかりだ。
  • この歪みを拐取するために、東京だけは他の自治体と別扱いにすべきだ。
  • 具体的には、東京都を日本政府直轄の特別区とし、都知事は「東京都担当大臣」として政府が任命する。
  • 東京都の資産はどんどん売却し、それによって資産市場が活性化し世界有数の金融センターにもなれる。
  • 米国のワシントン特別(DC)のようにするもので、今の地方分権の議論を先取するものだ。
  • 自治体は地域住民が安心して生活を送るためが第一だが、東京は日本の“戦略的拠点”だから、ドラスティックな変革があってもいい。

提言は、徹底した自由主義競争、経済成長第一主義の立場が、いかに、“地方自治や住民自治という民主主義を無駄、無用、障害物と見なしている”か、を明確に示すものだ。
しかも、それを導くために、都合良く、現状の誤認識、論理のすり替えを用いている。
論点の幾つかを示すと、

  • コロナ対策において東京都が先駆けたのは、国が無策、手遅れだったからであり、国をさておいて都を責めるのは、全くのお門違い。
  • 東京都と他の道府県で異なる施策がなされたとしても問題はない。地域は、その実情に応じたことを実施すればよく、「全国一律だけをやっていれば良い」「全国一律にしなければならない」とするのは、自治の否定。憲法、地方自治法にある「地方自治の本旨」に反する。
  • そもそも、全国的に一斉、一律にすべきことは、国の責任分野。全国一律のパロディが、“コロナでの全国一律学校休校”だった。
  • 地域が実情に合う施策を出来るように保証するのは国の責任。
  • 自治体が総体として貧困な中で、地方相互の自助だけを要求するのは、政策違い。自治体の貧困は、平成の地方分権改革で、国が地方に事務を移譲しながら、それに見合う財源の移譲をしなかったためだ。
  • 東京都だけが税財政で豊かなのは、国家の政治経済の東京一極集中政策のためであり、東京の我儘からではない。財源を召し上げる理由にならない。
  • 東京が、日本の戦略基地であり、国に反抗的だからといって、「地方自治を取り上げても良い」理由にはならない。
  • ワシントンDCは、米国50州自治(連邦)制度下で州自治地域外にあるもので、日本の地方制度と同列に論じることはミスリードだ。
  • 提案には、東京から国が召し上げた財源の使い道は書かれていない。東京都の資産を民間に売却したからと言って、日本経済がどれだけ発展するのか。

など。
「首都を国に召し上げれば、国に楯突く無駄が無くなり、日本は発展する」という大きなスケールだが、論理、思想は「大阪市を潰してしまえば、諸悪の根源は無くなり、大成長する」という大阪都構想と全く同一だ。権限、財源のある自治体を悪者に仕立て上げ、その財源、資産を上のものが横取りする、『中央集権論』に過ぎない。

既に、大阪都構想に絡むマスコミ報道には、そもそも政令指定都市制度など地方制度の現状そのものに問題がある、という論調が増えている。
『経済が行き詰まっている中、ITの進化もあり、経済発展のためには、「地方自治」、「地方自治体」は経済発展を妨げるものとなっている。だから、「既得権」排除の一環として地方制度を見直し、中央集権的なものにすべきだ』という考えが、雰囲気として意図的に醸し出されている。
これらの論が共通に拠り所とするのは、“日本の制度・政策はこのまま現状維持でよいのか?”だ。しかし、問題は「現状維持か、変革か」ではなく、「変革の“方向”」なのだ。
経済発展至上主義でもたらされる「格差」から少しでも市民・国民を守るのが、地方自治体の役割だ。「国と自治体の対立や、自治体間の対立を排除すべき論」に惑わされて、地方自治無視・無用論の氾濫を放置すると、後で国民は臍を噛むことになる。


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