【豊中駅前の歴史:35】カトリック豊中教会(2012年5月)

このシリーズは、豊中駅前がどのように形成され、変遷を重ねてきたかを振り返り、これからのまちづくりに活かしたいと考え企画しました。
今回は本町6丁目にある「カトリック豊中教会」について、豊中駅前のまちづくりでお世話になっている長濱さんからお話を伺いました。

——お父様は熱心なカトリック信者だとお聞きしましたが、お父様についてお伺いしてよろしいでしょうか。
長濱氏:定年で教授を退官するまでずっと大阪大学の経済学部に籍を置いていた父ですが大変な読書家であり、また旧制高校時代に結核を患うまでは理系を専攻し造船技術者を目指していたことも含め、非常に広い分野について、それこそくだらない雑学といえることまで知っているような父でした。宗教のことなどについても、非常に多くの宗教について知識としてはきちんと知っているようでした。
——お父様に連れられてミサに行かれた頃の思い出についてお聞かせ下さい
長濱氏:昭和37年、私が小学校二年のとき大阪市内から豊中市に転居し、そのころから10年ほどは日曜日の朝のミサによく連れて行かれました。カトリック系の幼稚園に通った弟や妹と違い、日曜学校の経験さえ無かった私には免疫が無くて神父様のお話も何のことかよくわからないものでしたが、それでも厳かな雰囲気の中で、ちょうど子供の我慢の限界ぐらいの時間でミサが終了すると、お御堂とは反対側のお部屋であついうどんがふるまわれました。子供の私としてはそれが唯一の楽しみで通っていたように思います。
——昨年、教会が豊中市の都市デザイン賞を受賞されましたが。
長濱氏:そのことについては全く知りませんでした。いくつかカトリック教会のお御堂を見るとわかるのですが、カトリック豊中教会のお御堂はつくりが大変に和風であることに気づきます。木と漆喰の壁や柱や梁がかもし出す雰囲気のみならず、天井からは旅館の和室にあるような照明器具がぶらさがっています。また祭壇のうしろにかざられた十字架のうしろにイエズスさまを抱えた聖母マリアさまの絵があるのですが、この絵には富士山が描かれており、少し不思議な感じがします。
——大変興味あるお話を聞かせて頂きました。一度、教会にお邪魔して、ゆっくり拝見させて頂きたいと思います。今日は有り難うございました。

(長濱 龍一郎氏 昭和30年生まれ/ 豊中市永楽荘在住)


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